「Eclectic」 (3/1)
小沢健二 2002
T0P/KINKYO / BACKNUMBERS /


アーモンドチョコレートのシェアNo.1は明治製菓の赤と白の箱のやつだ。長年シェアNo.1を守って来たそのチョコレートは、スイートかつマイルドなチョコレートで、ロースト感に富んだアーモンドを包み込んだ味が特徴だ。その味が最近飽きられて来てるという。同業他社のチョコレートの中には、徹底的に明治のそれの弱点をついた商品を展開して猛追しているものもあるという。ちかく、明治のアーモンドチョコレートはなんらかの味の微調整をするかもしれない。アーモンドチョコレートの振り幅の中心点が少し変わる。コカコーラもそうだ。何度か味の微調整をしていると聞く。明治のアーモンドチョコレートにしろコカコーラにしろ、そのブランド故味の変わる前と後でその味の振り幅の違いをユーザが実感することは稀なのかもしれない。知らず知らずのうちに、実は食べる僕らの方がそれらの振り幅に最適化されていくかのように、自然とそれが新しい「ブランドの味」になる。

ミュージシャンそれぞれにもその味ともいうべきそれぞれの領域や振り幅があって、多分曲やアルバムを創っていく過程はその振り幅の間をいったりきたりする。時には振り幅のはじっこの部分を耕して種を撒いてみたり、耕そうとして振り幅の一番はじっこから転落してしまったりする人もいたりする。その人のアルバムを、今度のは良い、とか良くない、とか好きとか嫌いとか遠くに行っちまったとか戻って来たとかいいながら続けて聴く総体的な楽しみはそういう振り幅の変容を身近に感じることが出来ることだと思う。

小沢健二の味を覚えている人はどのくらいいるのだろう。コアなファン、すなわち表立った活動をしなくなった後、このアルバムのリリースを心待ちにしていた人々は、それまでの小沢健二の味を何度となく噛み締め、反芻してこのアルバムに臨んだのかもしれない。きらびやかなヒット・シーンの彼を知っている人は、ある意味彼の振り幅のもう一方の先、ハッピーな王子様のイメージ、もしくはJazzやブルースをふんだんに取り入れた実験的なイメージの味がおぼろげながら残っているだけなのかもしれない。アルバムでいうと実に約6年ぶりの新作はそうした人々にどう映るのか。小沢健二というブランドのイメージを思い出させ、再びリスナーを振り幅に最適化することができるのか、このアルバムにはそういう期待があった。このブランクは、新しい「小沢健二」のブランドの味を決定付ける大きな意味を持つ。本人の意思はともかく、ここに新作がポンと出てくることは、そういうことだ。

一通り聴き終えて、僕は昔日のある小沢健二の姿を思い出した。それは、ソロの1stアルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」で見せたアルバム全体を通したモノクローム感である。この新作「eclectic」は、「犬は〜」での生音中心の音づくりとは違って随所にプログラミングを交えたサウンドではあるけれども、その楽曲のつくりは非常にオーソドックスで、居心地の良さを提供する音の正攻法の編み方で展開されている。もちろん、時を経て違和感を感じさせる部分もある。僕は彼の声に見る少々の頼りなさ、それは楽曲のなかでリスクになることもあるが、アイデンティティとして魅力を感じていたが、今回のこのアルバムではコーラスとの掛け合いやヴォイスエフェクトを前に出すことで、従来の小沢健二の印象をぬぐい去ろうとしている。低音を強調したいアレンジメントが多い中で、この手法は確かに有効だけれど、「犬は〜」に見られる若々しさは完全になくなった。しかし、キャリアを裏付ける音を創るという意味では、このヴォーカルのモデルチェンジも、正攻法の範疇に入っているといえるだろう。いずれこれが小沢健二のヴォーカルとして受け入れられることは想像に難くない。

彼のアレンジやメロディーの特徴であるゆるゆるとしたグルーヴは健在だ。M3の「麝香」は秀逸。またM7「欲望」~ M8「今夜はブギーバック/あの大きな心」のラインは昔彼の音楽に親しんだものに対してちょっとしたノスタルジイをプレゼントしてくれる。ち密なアルバムの中で、この瞬間は「オザケンが戻って来て良かった」とちょっと気持ちを緩めることができる一瞬である。

全体的に音は新しくなったものの、奇をてらったものは何もない。上質なルーム・ミュージックとして機能し切るであろうあたりは、小沢健二のキャリアの長さを反映している。まるでアーモンドチョコレートやコカコーラのように、トラディショナルな商品が時代に合わせて微調整されたような感じである。彼の音楽が再びシェアを高い所まで持っていけるかどうかは別にして、このアルバムは「現在の」小沢健二の振り幅の丁度真ん中辺りを指す、まさに「Eclectic」。非常に良い意味で力の入らない、それでいて密度の高いアルバムである。




ぶんせきは
KENTARO