「Do You Want "Re-Mixed" Tune?」(4/18)
T0P/KINKYO / BACKNUMBERS /


「リミックス」という手法が使われるようになったのはいつ頃からなのだろうか。やっぱり、メジャーなテクノチック歌謡を広めたコムロ御大の影響も、少なからずあるのではないかと思うが、それまではせいぜい「新録音」てなふれこみで、前の唄を(オケも含めて)とりなおす、みたいな手法くらいしか、昔の唄に手を加える手だてとしては見られなかったような気がする。僕の記憶では、80年代の後半くらいから、リミックスバージョンというのは出て来だした。よくあるやり方としては、先行シングルとして出された曲を、アルバムの中でリミックスするという奴だ。これは、後期ニューミュージックとも言える、ニューミュージックの名残を引きずったミュージシャン達によくとられたやり方である。最初私は、REMIXと書いてあっても、なんのことやらさっぱり分からなかった。そのくらいオリジナルアレンジを下敷きにして、さも「若干の修正」みたいな感じで扱われていたのである。それ故、シングルのカップリングに、前のアルバムの収録曲のリミックスものが入っていたりすると、投資に対する見返りという面で、非常に損をしたような気がしたことをよく覚えている。

さきほど、「後期」ニューミュージックと書いたが、僕は個人的に、この「後期」と「前期」には曲のアレンジ面で、大きな違い、前期から後期へ大きな変化をとげており、それがリミックス文化の黎明に関係があるのではないかと思っている。「前期」ニューミュージック世代、すなわち世に出たのが70年代のミュージシャンは、アレンジのデフォルト・ツール(基本)として必ず「弦」があったような気がするのだ。つまり、盛り上げるならとりあえず「弦」という、非常にプリミティブかつ前時代的なアレンジ手法を好む人々である。それが80年代に入って徐々に電子音がアレンジに浸透してくると、80年代半ばから後半にかけて、今度は電子音をデフォルト・ツールとしたコムロ氏率いるTMネットワークのようなミュージシャンが現れてくる。リミックスという手法は、電子音をいじることによって成立することが多いため、時期的にも80年代後半に流行ってきたということが言えるのである。そして、この前期と後期をアレンジ手法を上手く切り替えてやってきたミュージシャン(サザン・松任谷由実・小田和正など)や、70年代にデビューを果たしたにも関わらず、先見の明にて早い段階から電子音の可能性を試し続けたミュージシャン(山下達郎など)だけが、現在においてもトップ・アーティストの座を守り続けることが出来ているのではないかと思う。それが上手くできなかった「前期」ニューミュージックの人々は、「紅白歌合戦」のいい客寄せパンダになって国営放送と仲良くなるくらいしかできず、ナツメロ歌手と成り下がっているのである。

最近のリミックスものは、しかし初期の「若干の修正」的やりかたとは大いに違うモノが主流になっている。ノンストップものや全く毛色の違ったアレンジをしてみるなど、一見多種多彩である。しかし、浜崎あゆみの「Ayumix」をはじめとして、どうも「企画盤」の色合いが強く、お子様向けのおもちゃみたいな印象が拭いきれない。どうも購買意欲をそそられるようなリミックス盤というのがないのが実状である。とくにいわゆるR&Bなミュージシャンについては、とりあえずテンポ早めて踊れればいいじゃん的な安易さも見える。凝っているんだが、凝り方が安直で、あざとい。この人がアレンジを・ミックスをすればこの曲はこんな風になりますよという、リスナーに対する正の意外性を与えてくれるようなリミックス盤の出現を、切に願う。特に最近のメジャーな人達は、一昔前に比べてずっといじりがいのある、面白い人達がそろっているから、なおさらそう思うのである。

そんななかで、過去に僕が聴いたリミックス盤でよかったのは電気グルーヴの「FLASH PAPA MENTHOL」である。アルバム「FLASH PAPA」と比較して聴くと、アルバム1枚分の内容で二度おいしさが楽しめる寸法である。「若干の修正」型リミックスアルバムとしては、山下達郎の「TRESURES」や、大江千里の「SLOPPY JOE2」なんかがいい。この2作は、どこを、どのようにリミックスしたのか、どう変えたのかなどがライナーノーツで語られていて、楽曲の仕組みを知りたいオタクな人達にはけっこうたまらないのでは、と思う。



ぶんせきは
KENTARO