「人間はもう終わりだ!〜"夢の日々-SERIOUS&JOY"〜」
(12/27)
真心ブラザーズ 2001
T0P/KINKYO
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*今回は珍しく冷静じゃありません。
痛い、痛い、痛すぎるアルバムだ。正直、心底聴くんじゃなかった、と思った。一つのユニットにヒビが入ったり影を落としたり、そういうことは複数の人間でやっている音楽を聴く上で当然遭遇する瞬間だ。たとえそれが空中分解をしてバラバラになる瞬間がきても、本当にそいつらの音楽が好きならば見届けるのもまたファンの姿、というのは良く分かる。理屈では分かっていても、真心のラストアルバム、痛すぎて聴けない。この文章を書きながら流してはいるけれど、棚にある真心のアルバムの最後の方に隅っこの方に、これを並べること自体どこかためらってしまう。お子さまの手の届かないところに置いてしまおうかと考えてしまう。
「人間はもう終わりだ!」と唄う真心ももう終わってしまった。この曲は先行シングルだったから、それだけで聴けばまだどうにかなったのかも知れない。でも二人の間の、このアルバムで見えるどうしようもなく埋められぬ 何かを他の曲からひしひしと感じ取ってしまうと、このアジな楽曲は心を逆撫でさえする。冷静に聴けば(といっても冷静に聴くような内容の歌詞ではないのかも知れぬ が)いつものYO-KING曲であって、これが別段今までの曲とくらべて質が落ちたとかクサイとか痛いとかではないけど。どうしようもねえ、何も進まねえ、もう終わりだ、人間の前に真心が終わってしまった。
「夢の日々」他の曲はとくに今までの真心を聴いてきて、しかもYO-KINGないしは桜井のどちらか一方に肩入れさえしつつあるような人にはまあ粒ぞろいなのかもしれない。でももはやこの二人が同じ一枚のCDの中でトラックを分かち合うことは無意味であるということを冷徹に示してみせた。まさにその最後のアルバムで。それは気持ち良いくらい潔いけれど、活動停止のセンチメンタリズムはリスナーまかせだ。そこが痛い。僕は少なくともそこまでは負えないと思ったし、寂しさとかより先にもう見たくない、という気が起きてしまう。かつて慕った、もしくは愛した人が崩れてぐずぐずになる寸前、ふっともう目をそらしてしまうような、気持ちの分岐点さえ感じた、このラストアルバムにだ。
僕がほかのどちらかと言うと好きだけど正直どうでもいいや的なアーティストと同列に彼等を見ることができるならば、こういうセンチメンタリズムを排したラストアルバムを出してきた彼等に潔さを感じこそすれ、聴くんじゃなかったなんてきっと言わないと思う。しかしそれなりに思い入れがあるからこそ、拒絶してしまう。すくないセンチメンタリズムである最後の一曲(桜井作の曲をYO-KINGが唄う)さえ余計だと思ってしまう。15曲、やっぱりな活動停止の理由を突き付けられて、この曲が出てきてももうゆったりとした気持ちでは聴けない。どうせなら、全然振り向かずに行ってしまえば良い。余計だ。
もう少し時間が経って、編集しなおせばこの「夢の日々」の中の曲のいくつかは繰り替えし聴くようなものになるのかもしれない。でも、少なくともこの一枚のCDにはもう手は伸びない。そう、ユニコーンのラストアルバム「SPRINGMAN」に良く似ている。もう、終わりだ。
ぶんせきは
KENTARO