「BUENA VISTA SOCIAL CLUB」
ライ・クーダー&キューバン・ミュージシャンズ 1997
T0P/KINKYO
/
BACKNUMBERS
/
だいぶ以前から、このディスクは自分の部屋にあった。本の「積ん読」ではないけれども、まさに聴かずして放ったらかしにしてあったのである。ちなみに、映画の方はこれもまた以前東京へ遠征に行ったときに観た。ロードムービーとか、あとこういうノンフィクションものとか結構好きなので、映画は映画でそれなりに楽しむことが出来たのだが、ほぼ同時に買ったこのディスクの封を切るモチベーションは何故か生まれなかったのだ。なんだかとっても話題になって、M1の「チャン・チャン」なんかはTOKIO HOT 100でかなり上の方までいっていたようであったが、それでも封を切れなかった。
ここんとこ少し時間が出来、封を切って聴いてみることにした。なにせ、キューバの音楽なんて聴いたこともない。僕はワールドミュージックの中でも、フレンチとか、タンゴとか、ボサノバとかそういったものには疎く、ワールドミュージックというと喜太郎と姫神を思い出すくらいのふとどきものだから、あてにはならない。キューバ音楽といって思い出すのは、クレージーキャッツの前身のバンド「キューバンボーイズ」だったりするから、あぁ、これもそんなんなのかなあなどと通の人にぶん殴られるようなカンチガイさえしてしまいそうなのである。また、ライ・クーダーというギター弾きも、ずいぶんと有名な方のようなのだが、申し訳ないことにこちらも全然、である。タカミネ社のギターのオトクイさんということは知っているのだが、果たしてどういうミュージシャンなのかは、はっきり言ってよく分からない。
というわけで、全てにおいて僕はよく知らない。知らないなりのレビューを書くと、こうだ。
多少知識に覚えのある人は、楽器がどうの、ミュージシャンがどうの、いろいろ蘊蓄をたれるポイントはあるのだろうけれど、僕の単純な感想は、意外であった。このアルバム、というか、ライ・クーダーがいうようにこれがキューバの生きた音楽ならば、キューバの音楽は「懐かしい」のである。言葉なんざわかんなくてもどうでもいい。全体の雰囲気が、ニホンの1950〜60年代くらいのいわゆる「ブルース系歌謡」にぴったりなのである。加えて、近頃のデジタル化したレコーディング(このアルバムもどうせデジタルだろうけどさ)の特徴であるクリアな音質、でかい音とは全く逆の、なんやらちょっと遠くで演奏されているのを聴いているような感じが懐かしさに拍車をかけるのである。たとえはヘンだが、今で鳴っている相撲中継の実況鳴り響くニッポンの夏の夕暮れ、みたいな非常に純日本的なやすらぎをなぜかこのキューバのおっちゃんおばちゃんミュージシャンたちは提供してくれるのだ。
民族音楽というと、僕何ぞはすぐに「純粋なソウルだ!!」などと肩ひじ張ってしまうのだが、中国の胡弓やタンゴを聴くようなときの緊張感はそこにない。少なくとも日本人の僕にとって非常に肌に合う音楽の一つだと思う。なんだかキューバ音楽にかこつけて、J-WAVEなどはキューバ音楽をえらい気取って(この場合の気取ってというのは別にタキシードとかではなく、「僕ってこんな異国の音楽に興味もってきいてんだぜ国際派だぜふんふんふん」といったカンチガイ国際主義と自意識過剰臭に満ちた状況のことをいう)キューバ音楽を聴くイベントなどを開催していたようだが、的外れである。これは、特に40代以上の人、ロス・プリモス世代の人、コロラティーノ(誰もしらんね、こんなの。内山田弘がクールファイブを結成する前にいたムード歌謡グループ)世代の人は、聴くときっとヒザを打つと思うぞ。それより若い人は、とりあえず聴いて自分の日本人としてのアイデンティティを確認しなさい。夏の夕方に、ビールのみながら、いい肴である。
ぶんせきは
KENTARO