「すばらしい日々」
奥田民生/矢野顕子 1993/94
T0P/KINKYO / BACKNUMBERS /


なんだ、このそこはかとないせつなさは。
事実上ユニコーンの置きミヤゲとなってしまったシングル。僕は時の流れから若干遅れてこの唄を聴いたが、心底ギモンに思ってしまった。何がどうせつないわけでもない。歌詞を見ても、分かったような分からないような言い回しだ。この唄の歌詞の解釈には三々五々いろんなものがみられるが、まったく無駄に想像力を費やすと、ついにはどうにでも解釈できそうな唄である。

ユニコーン時代の民生曲だが、楽して儲けるスタイルじゃないけど、力入らなそうでひゅっと皮肉っぽく、或いは飄々と曲を書きつづけている彼は、しかしこういうそこはかとないセンチメンタリズムを誘う唄も、好んでよく書くようだ。ソロになってからも、たいてい1枚に1曲くらい、この類の唄が収録されていたりする。ただし、これに関しては民生自身力が入っているのか知らないが、なかなか良いものが出てこないような気がする。根っから計算して曲を書くタイプでもなさそうなので、いたしかたないところか。

どこかのサイトでこの唄の感想を書いていた方は、このユニコーン版の「すばらしい日々」での民生の歌唱を、(せつなさを)抑えた感じでけなげに見えると評していたが、僕はまた違う印象を受ける。そこはかとないせつなさを与える要素のひとつとして、民生の声がある。民生の声は、別にせつなさをつたえるためのものではないということであり、民生はこの唄において歌唱者でさえないような気がする。この曲を、たとえばシロートさんが街角で唄ってみても、そこにはオリジナルにあるそこはかとないせつなさはない。人がある種の感情を胸に抱く時、そこには確固として意味のある文章や、事象や、事実がないことも多い。自分とはまったく縁もゆかりもない地の山を見、川を見、夕焼けをみると郷愁という感情が沸き起こってくる事がある。たとえそれが、高層ビルが林立する街中で生まれた人であっても、条件反射的に郷愁や、懐かしい気持ちにふと襲われる、そういうことである。民生の声は、そこで表現される歌詞内容とは別の、単なるサウンドとして、そこはかとないせつなさを僕に与えつづける。オリンピックで日本人の誰かが勝って、日の丸があがると、自分と同じ肌の色、顔の質をした人が喜び、いろんな国の人の中で手を振っている風景、風に翻る旗にふと「そういやオレ、日本人だった」と、思い当たらされてしまう。民生の声もそうしたせつなさの風景を構成する一要素でしかないと思う。

つまり、この唄はユニコーンで完成型である、はずであった。他の人が唄っても、風景のなかの声の要素が、ミスマッチを引き起こしてしまう。井上陽水がこの曲をカヴァーして勝手に奥田民生に送りつけたというエピソードが、後の迷コンビ発祥のなれそめとして有名であるが、僕はこのヴァージョンを興味として聴きたくは思えど、そこにはあの「すばらしい日々」はないとも想像する。

ところが、アッコちゃんである。矢野顕子はもうひとつの完成型をつくってしまった。そこはかとなさは影を潜め、とてもせつない恋の唄、と言いきれるような仕上がりになってしまったのである。「ELEPHANT HOTEL」という94年リリースのアルバムで聴けるのだが、これは「違う唄」として非常なる佳作だ。風景や、事物といった奥田民生的「すばらしい日々」を、100パーセント「情念」の「すばらしい日々」に変えてしまった。J-POPのカヴァー曲として、違ったアプローチを試みて成功した数少ない例としてあげておきたい。両方比べて聴くと、本当に面白いものが感じられると思う。

-追記-
さっき数えてみたのですが、どうやらこのエッセイが100本目らしいです。ここまで続くとは、三日坊主の僕には生涯無二のことかもしれません。特に100本だからどうこうではないですが、まあとりあえずこれからもよろしくということで。



ぶんせきは
KENTARO