「遠く遠く」(8/21)
槇原敬之 1992
T0P/KINKYO
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僕らが離れ離れの、それぞれの街に暮らすようになってから、もう6年あまりの月日が流れた。本当の悪い奴らから見ればそれは、けして他愛の無いものだったけど、それでも精一杯カッコつけて、それでいてやる事が山ほどあってそれらに埋もれながら、よくわからない大きな力に背中を押されて無意味に走っていた時期を、僕らは選んだわけでもなくまったく偶然に一緒に過ごすことになった。自分が大きくなることに精一杯だった季節を過ぎて、それぞれの顔を見せる友達を、恋人を見ながら、いろいろな人がいてそれで面白いと感じることを覚え始めた高校時代。しかし月日は流れるように、ある種残酷に過ぎていった。
遠く遠く離れていても 僕のことがわかるように
力いっぱい輝ける日を この街で迎えたい
離れた街に暮らすようになっても、毎年季節の節目には、どこからとも無く「誰それが明日帰ってくる」の類の情報が流れる。お決まりのパターンに、お決まりの集合場所。高校時代から見るそれぞれの顔には、毎年会うごとにさらに幅と、深みと、人によっては波乱万丈な流転人生のあとを刻みつけられていく。しかし、そうはいっても、せいぜいのところ大学辞めただの、もう一度受けなおすだの、大事故を起こしただの、女に振られただの、そんなもんである。打ち明ける本人には洒落になっていないだろうが、しかし久しぶりの酒宴の格好の肴になるような話ばかり飛び出していく。きっと、限りなくバカになれ、暇になれる大学生という季節のなせる技でもあるのかもしれない。結局は、バカ騒ぎ。あの頃と同じ。
本当の友達というのは、何年会わなくても、ものすごく長いインターバルを経ても、再会したそのときから「あの頃」に戻れる人のことをいう、と誰かが言っていたっけ。無論、初めて互いに離れ離れに暮らしてみて、あぁ、そういうもんだなと思ってしまう。しかし、僕らはそれを理解したような気になっていただけなのかもしれない。その台詞を僕らが心の底から吐けるようになるまでには、まだかなりの時間がかかるのだ、それを今年の盆には実感させられた。距離は離れても、お互い脛かじりの身だったころはさして境遇は変わらない。責められるべきことではないが、シャカイというものを甘く見ていたのだろう。僕らは段々と、櫛の歯が欠けていくように、学生という温床を脱ぎ捨て、シャカイと係わり合いを持つようになってくる。シャカイは、僕らそれぞれの歩む道の違いを一層色濃く表してくる。学校を卒業し、別の上の学校に進むとき、「それぞれの道」という言葉は反吐が出るほど使い古されているが、しかし基本的な境遇は変わらない。それこそ、お別れムードを盛り上げるためのお飾り言葉に過ぎないと、イジワルな言葉が出てくるほど、シャカイに出てからのそれぞれの変化は限りなく劇的で、本人以外には、いや本人でさえも予測ができない。
結婚する、そう言い出す友達が増えた。今年の盆にも2連発。友達が結婚することについて、元来そういうことに対して焦りとか不安とかさびしさとか、そういうものを感じない人間に僕はできているので、それが直接の引き金でブルーになることは、たぶんこの先もない。それよりも、割り切れぬ思いを抱えながら、結婚という結論、それもどちらかと言うとシャカイの荒波にもまれる結果として生まれた結婚という結論に直面している友達の姿を見るほうが、つらかった。
「まあ、しゃあねえな。政略結婚みたいなもんだからよ」
いつもの調子で強気かつ饒舌にしゃべりながら、少しだけいつもと違う酔い方をした彼の胸中を、察することさえも上手にできぬことがもどかしくてしょうがない。彼は、自分がやり残したことや置き忘れたこと、一緒になれない愛する人へのおとしまえを、必死でつけようとしている。仕事をしていっている以外、シャカイからさしたる洗礼も未だ受けぬままの僕には、何ができるだろうか。その答えが見つからないのは、きっと酒のせいじゃなかった。
彼の唄ったこの唄を、僕は大事なひとこまとしてずっと忘れそうにもない。
どんなに高いタワーからも 見えない僕のふるさと
失くしちゃだめなことをいつでも 胸に抱きしめているから
遠く遠く離れた街で 元気に暮らせているんだ
大事なのは
”変わってくこと”
”変わらずにいること”
遠く遠く離れていても 僕のことがわかるように
力いっぱい輝ける日を この街で迎えたい
僕の夢をかなえる場所は この街と決めたから
酔いつぶれるまで付き合いたい自分と、明日の打ち合わせを気にしている自分とが対峙しているのを感じて、自分の中のシャカイも感じた。何も言わず手を振って、いつものように別れた。けれど次に会うときに、彼が、そして僕がどういう顔になっているのか、それは見当もつかなくなっていた。こういうことを乗り越えて、「あの頃に戻れる」友達というのは、初めて形成されるのだ。「年をとったなあ」という口ばかりのポーズは、もうしばらく封印にしよう。25歳にして、久しぶりに心底の「青さ」を感じた。彼に幸あれ、と思う。
ぶんせきは
KENTARO